ニュース

2008年6月17日 (火)

連続幼女誘拐殺人死刑執行

もう20年も前の事件なんですね。

連続幼女誘拐殺人の宮崎勤死刑囚の死刑が執行されました。

4人もの幼い女の子を殺した揚句、自分が殺した被害者の家に「犯行声明」を送りつけるという、前代未聞の卑劣な犯罪でした。
当時、私自身が宮崎勤とほぼ同世代だったこともあり、ニュース番組などを食い入るように見た覚えがあります。

この事件が、加害者の家族が事件によって人生を狂わされてしまう、ということを知るようになった初めての事件だったように思います。
宮崎勤の両親や兄弟姉妹は、実際には彼らは犯罪者でもないし、彼の犯罪に手を貸していた訳でもない、多分この事件が起こるまでは我々と同じように、普通に暮らす人々だったのだろうと思います。

犯行当時の宮崎勤の年齢は25~26歳ですから、いい歳の大人です。当時は今よりもその辺、“自分のやったことの責任は自分で取る”というのが当たり前の時代だったと思います。
そんな時代だったにも拘らず、週刊誌やテレビ報道では、事件とは全く関係ない宮崎勤の家族の過去や暮らしぶりなどが、次々暴露されていたのを覚えています。さも、家族がしっかりしていなかったから、事件が起きたと言わんばかりの報道もありました。
しかし、家族がどうであれ、家庭環境がどうであれ、犯罪を犯す人は犯すし、犯さない人は犯さないのです。

秋葉原の通り魔事件にも言えることですが、どんな言い訳をしても、やったことの責任は自分で取るしかないのです。
どんなに、世間や家族のせいにしたところで、それにどんなに説得力がもし仮にあったとしても、犯罪を犯したのは他でもない、自分自身の手なのですから。

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2008年6月10日 (火)

秋葉原の通り魔事件

我が家から、ほんの2キロほどの距離で起きた事件でした。

たまたま、というか、秋葉原は買い物圏内ですから、しょっちゅう通りかかっている街で、事件が起こった日も家人が秋葉原にいました。

家人は秋葉原駅を挟んで反対側にいましたので、直接事件に遭遇するようなことはありませんでしたが、家人の無事を素直に喜べないほどの被害者の数に、怒りより驚愕を覚えました。

生きていれば、辛いこと、どうしようもないこと、無力感に襲われること・・・いくらでもあります。
自分の境遇に不満を持つことだってあります。
自分以外のすべての人が、幸せそうに見えることもあります。

生きることは楽しいことばかりじゃありません。
でも、辛いことばかりじゃないことも、知っています。

「通り魔」は、広辞苑によると“一瞬に通り過ぎ、その通り道に当たった家またはそれに行き会った人に災害を与えるという魔物”とあります。
「魔物」は、“人をまよわすもの”とありました。

“魔物”に出会ったのは一体誰だったんでしょうか。

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2008年1月 8日 (火)

福岡3児死亡事故懲役7年6月判決

福岡市東区の「海の中道大橋」で06年8月にあった3児死亡事故で、1~4歳の幼児3人を死亡させたなどとして危険運転致死傷と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われた元市職員、今林大(ふとし)被告(23)に対し、福岡地裁は8日、懲役7年6月(求刑・懲役25年)を言い渡した。危険運転致死傷罪(最高刑懲役20年)の成立を認めず、予備的訴因の業務上過失致死傷罪(同5年)と酒気帯び運転を適用した上でひき逃げと併合した法定上限とした(毎日新聞配信)。

お酒を飲んで車の運転をして、事故を起こしたのにその場から逃げて、挙句お酒を飲んでいたことを誤魔化そうとする。そんな人がこの程度の懲役で本当に妥当なのか。分かりません。
たとえ求刑通りの懲役25年の判決が出ても亡くなった子供たちが戻って来ることはないわけで。先程聞いたニュースでは亡くなった子供たちのご両親には控訴の意思はないようです。

被告には心からの反省をしてほしい。自分の卑怯さ卑劣さと正面から向き合って、3人の子供を死に至らしめたのは自分なのだと逃げずに認めてほしい。判決がどうであれ罪名が何であれ、やってしまった事は変えられないし、無かったことには出来ないのだから。

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2007年12月15日 (土)

佐世保散弾銃乱射事件

長崎県佐世保市での散弾銃乱射事件。
犯人と思われる人物が死んでしまったので、犯行の動機や詳しい犯行の経緯などは結局憶測するしかない、ということで終わるのだろうか。
彼はなぜ銃を乱射したのか?場所は自身も会員登録をしているスポーツクラブ。どの街にもありそうなありふれた施設だ。そこに殺したい相手がいたのか、単に銃を人に向って撃ちたかったのか。自分が死ぬための道連れがほしかったのか・・・。しかしたとえ犯人が自分のなした行為の動機を口にしたとして、そしてそれがどんなに筋の通った言い訳で、彼はそうするよりほかに手だてがなかったと、誰もが納得できるほどの理由が存在したとしても、この犯人を免罪してやる気持ちにはまったくなれない。突然に命を奪われた被害者はもとより、遺された家族、友人、恋人、同僚ありとあらるる関係者の苦しみや悲嘆を棚上げにしても実行しなければならなかった犯行だと、認めることはできない。
彼は散弾銃を撃った瞬間、何を思ったのだろう。階段を駆け降りるとき、道を行くとき後悔や動揺はなかったのだろうか。最期に何を見、何を思い出していたのだろう。

これから報道各社から、彼の学歴、職歴、家族構成、たいして付き合いもない小学校時代の同級生のインタビュー記事などをこれでもかと報道されることだろう。そんな記事群で彼の行動原理がわかるとは到底思えないが。

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