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2008年8月25日 (月)

戸籍の歴史2

明治31年式戸籍から、単独法だった戸籍法が明治民法の親族・相続編の公布・施行により民法の付属法として、手続法的役割を果たすようになってきました。

明治31年式戸籍では、戸籍簿とは別に身分登録簿が作成されました。

身分登録簿には、出生・死亡・婚姻・離婚・養子縁組などを個別的に記載していました。
が、戸籍簿にも同一内容を記載していたこともあり大正3年には、事務手続きの増大や実際の利用が少なかったことなどから、身分登録簿はなくなります。

この明治31年式戸籍から、明治民法の「家」の制度が透写され、「戸」を単位として個人の身分関係を公証していた戸籍から「家制度」へと変化していきます。

大正4年に施行された、大正4年式戸籍が第二次大戦後の民法の家族法全面改正まで、存続することになります。

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コメント

明治の戸籍は同居していた使用人も載せていたようですから、一族郎党がわかるようになっていたようです。

投稿: クレヨン | 2008年8月26日 (火) 15時14分

クレヨンさん
この辺りの戸籍は、そこに「住んでいる人」という括りで作成されていたようです。
いまの戸籍とは大分違いますね^^;

投稿: おさる | 2008年8月26日 (火) 16時10分

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